寝言

全部寝言なんで

隕石が落ちてくる

 

 

私が泣いていることはシャワーで流れるのだ。みんなが幸せそうに笑っているのを見ると、このままみんなが死んで、世界が終わればいいのにと思う。私は永遠を欲してるわけではなくて、たぶん諦めたいんだ。勘違いだと言い聞かせてるうしろめたい想いも何もかもと一緒に葬れたら、と望んでいるんだ。誰しもつらい出来事とか蓄積された鬱憤はある、ただそれ以上に生活の中にきらめいた幸福の数が多いなら、まさにその時に世界が終われば、思い返した時にきっと(ああ幸せな人生だった)って思えるんじゃないかって。私が一人で涙を流しているシャワータイムよりも、好きな人たちときらめいた瞬間を共にしている時に、このまま死ねればいいのになと強く感じるのは、寂しがりな私のわがままなんだろうな。でもそうなればみんながみんな寂しくなくなるじゃん、違うかな。

 

 

 

口下手って甘えみたいでやだ

 

 

私って物事を説明するのがものすごく下手だなってことに気がついてしまった。頭は悪くないと思ってるし、語彙力もあるとは思うんだけど、説明するときにその順序とか例えとか結果とかを上手くその場で考えられなくて、というか頭の中では考えられてるはずなんだけどなんでか言葉でするする出てこない。だから私が話すと結構白けることも多いし、何言ってるのこの人って思われることも多いような気がする。感情を言葉に表すのが苦手〜ぴえん!みたいな人はよくいるけど、私は本当に言葉にしようとした途端に頭の中がごちゃごちゃ動き出してどういう風に話したらいいのかがわからなくなってしまう。こうやって文字に起こす分にはそれほど問題ないんだけど、口で説明する行為がものすごく下手なのをどうにかしたい。感情を表すのも苦手で、喜ぶリアクションとか相手に失礼かもしれないくらい下手だからそれもどうにかしたい。うーんどうして上手く言葉が出てこなくなっちゃうんだろう。元々話すこと自体が苦手だからなのかもしれないけど、ゲームのルールとかをきちんと説明できないのは問題である…。私がつっかえつっかえでごちゃごちゃに話してても、うんうんってゆっくり聞いて理解しようとしてくれる人がとてもありがたいです。喋りが達者な人、羨ましいなあ。

 

 

 

咎めないよ

 

 

微笑み合うふたりを見て、あぁ、恋してるんだなって思った。君たちが幸せだと私も嬉しくなる。私は永くは愛せないけど、多くを愛することはできるから、幸せの濫觴を自分の周りにしてしまおうと思った。くだらねえよってねじけるような性格だったけど、一周回ったというか、他人事だからいっそ楽観的になれたのかもしれない。私が不幸なのは変わらないことだし、死んだ身内も別れた恋人も縁が切れた友達ももう戻ってはこないけど、それでもこんなに笑えてるんなら、くだらなくても生きる意味あるのかもしれない。本当は、私は頑張ってるわけではないんだろうに、自分の境遇を悲しいものにしようとしていたことを、全部他人事みたいに考えちゃえばなんてことないじゃんね。世間も倫理も一旦忘れて、君たちが恋し合ってるんならそれだけでいいと思うよ、それだけにしよう。

 

 

 

じりつ?とは?

 

 

拠り所がお互いしかない人たち、かわいそう。縋る相手がいない私の方が失うものがないから、お互いしかない人たちは絶望と隣り合わせでかわいそう。このまま世界が終われば、良いも悪いもぐちゃぐちゃにそこら中に流れて、みんなが一つになってなにもなくなれるのに。あーでも、あの日私に怒鳴りつけてきたおっさんとか、私のこと突然嫌い出したあの女とか、そういうやつらのことは掬いあげたくないな。こんなこと考えてるからバチが当たり続けてるような人生になってるのかな?人に心から優しくできるように、嫌味のない、偽善なんか知らないような綺麗な生き物になりたい。でもそうすると弱っちくなっちゃいそうだから、なににも縋らないで平気なように、ばーかばーかって唱え続けてる方が依存しない生き物でいられるのかも。

 

 

天井と液晶ばっかり

 

 

ピアノのトリルが苦しくて、部屋の電気が生きているみたいで、もう2ヶ月が経とうとしてるのに私はなにひとつ進めていないんだなって、自責の念ばっかり大きく育っている。機械音に慰めの言葉を歌われてシクシク涙を流すなんて、私はやっぱり人間らしい。私のことをちっとも知らない人たちと会ってみる約束も、風邪を口実になくしてしまおう。私が欲しい幸せはそんな場所にはない。みえないものに期待はしない。私の顔、声、容姿、性格、生い立ち、なんだって受け入れてくれる人が現れるかもしれないなんて、都合のいい一瞬の机上論を持つよりも、自分で自分をコントロールする方が生きやすいしね。人から守ってもらうほど弱くはないしね、私。でも、もう三日間も外に出ていないから流石に、さみしいな。かわいいあの子に会いたいなあ。

 

 

他人の不幸が美味しい季節

 

 

地獄みたいな一年だった。どの季節を思い出しても、気分が悪くなるし目尻が濡れる。命を繋ぎ止める一瞬の輝きを、見逃さずに見捨てずに愛し続けたい。随分卑屈になってしまったなあ。暖房の風が肌寒くて、大人になれていない私は一生届くはずのない温もりを淡く薄く考えるままで。春の匂いの恐ろしさ、ポケットの中で溶けていくチョコレートの寂しさ、メンソールのきつい爽やかさすべてが嫌いになりそうな焦燥感。せめてその季節が来る前に、自分の存在意義を認めてもらえるような踏み台を見つけておきたかった。全肯定されたいわけじゃない、ただ安心したかったんだ、解放されたかったんだ。このまま終われたら、眠りたいな。

 

 

 

確約されたものが欲しい

 

信じていたものが剥がれ落ちていくのは味気ない一瞬だ。何千回と出会ってきた裏切り行為たちが、私の髪の毛一本一本をいつまでも離さずに掴んで、逃してくれない。共生したい人たちが私から離れていく。私はいつまでも裏切り行為たちと生きていく。どうしてお前が死なないんだ。たしかにそこにあった形として残されている物たちを捨てることができずにいる。前を向いているふりをして、本当は一歩も足を動かせていないのに、私のダサいプライドだけが口から抜け出ていく。どうして生きることがこんなに苦しいのか。生きてるだけで大儲けなんて言葉に私の人生は当てはまらない。ごめんなさい。朝起きたら枕元に置いてあったプレゼントは、お父さんが一番お父さんらしくしていた瞬間を形にしたものだったのかもしれない。サンタなんていなかったし、もういなくなってしまった。もう私の欲しいものは手に入らないのかな。自分で努力して手に入れられるものなのかな、それは。